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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2029号 判決

竹内剛太郎訴訟承継人

第一審原告(昭和四三年(ネ)第二〇〇三号事件被控訴人、第二〇二九号事件控訴人) 木村シマ

同(同) 竹内董一

同(同) 竹内結美

右法定代理人親権者父 竹内董一

同母 竹内順子

右三名法定代理人竹内剛太郎遺言執行者 笹原桂輔

第一審被告(昭和四三年(ネ)第二、〇〇三号事件控訴人、同第二〇二九号事件被控訴人) 遠藤恵也

右訴訟代理人弁護士 島田徳郎

主文

原判決を次のとおり変更する。

第一審被告は第一審原告らに対し、各金一二〇万九、八四四円およびこれに対する昭和三七年一一月一日から支払いずみまで年一割五分の金員を支払うべし。

第一審原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分しその一を第一審原告らの、その余を第一審被告の各負担とする。

この判決は第一審原告ら勝訴の部分に限り各自金四〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

第一審原告ら代理人は、第二、〇二九号事件につき、「原判決中第一審原告ら敗訴部分を取消す。第一審被告は第一審原告らに対し金五一二万八、二五〇円及びこれに対する昭和三七年一一月一日から支払いずみまで年一割五分の金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、第二、〇〇三号事件につき控訴棄却の判決を求め、第一審被告代理人は第二、〇〇三号事件につき、「原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。第一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求め、第二、〇二九号事件につき控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は次のとおり付加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(第一審原告らの主張)

一、第一審原告らは本訴において第一審被告に対し昭和三二年一一月一日第一審原告らの訴訟被承継人竹内剛太郎と第一審被告間に成立した準消費貸借契約に基づく金六一八万七、〇〇〇円を請求する。(右金額を超える従前の請求を減縮し、原判決事実摘示(二)ないし(四)の主張を撤回する。)。しかして、右準消費貸借契約に定めた弁済期は約旨の訴訟事件の第一審が昭和三七年一〇月三一日以前に終了したことにより到来し、第一審被告はこれを知っているから、原審において認容された金一〇五万八、七五〇円を控除した金五一二万八、二五〇円とこれに対する右弁済期後である昭和三七年一一月一日から支払ずみまで利息制限法所定制限内の年一割五分の約定遅延損害金の支払を求める。

二、亡竹内剛太郎の個々の貸金支出が、仮りに第一審被告個人に対するものと認められず、直接有限会社マルケイロートヂアス錠本舗(マルケイ本舗)を借主とした出捐であるとしても、昭和三二年一一月一日亡竹内剛太郎と第一審被告間で有限会社の竹内剛太郎に対する債務につき、第一審被告は重畳的債務引受又は連帯保証(物上保証を含む。)の合意をし、これが支払を約したものである。

三、竹内剛太郎は昭和四四年一一月二四日死亡したが、遺言によりその遺産の各四分の一を第一審原告ら三名(木村シマは剛太郎の長女、竹内董一は三男、竹内結美は董一の長女)及び竹内民一(剛太郎の長男)に遺贈し、四年間遺産の分割を禁止し、かつ遺言執行者の選任を第一審原告竹内董一に委任し、第一審原告竹内董一は弁護士笹原桂輔を遺言執行者に選任した。

(第一審被告の主張)

第一審原告らの主張二の事実は否認する。三の事実は認める。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、当裁判所は、当審における弁論および証拠調の結果をしんしゃくし、更に審究した結果、第一審原告らの訴訟被承継人竹内剛太郎に対し第一審被告が昭和三二年一一月一日甲第一号証の借用証書を差入れたこと、同証書には第一審被告が剛太郎に対し合計金六一八万七、〇〇〇円の債務を負担することを認め、改めてこれに月一分五厘の利息を付し、当時第一審被告と第三者間に係属していた訴訟事件の解決の時に支払う旨の記載があること、右金額を構成するものとして剛太郎の主張する原判決添付別表記載の各項目のうち剛太郎の第一審被告に対する貸金は同表(22)(32)及び(33)のみで、その余はすべて剛太郎が有限会社マルケイロートヂアス錠本舗(マルケイ本舗)運営のための事業資金もしくはマルケイ本舗の運営に関連して出捐した金員でマルケイ本舗の債務であること、右甲第一号証の差入れによってなされた当事者間の契約が剛太郎らの強迫によるものであるから取消す旨の第一審被告の主張は理由がないこと、以上の諸点についてはすべて原判決と同様に認定判断するものであり、その理由は次のとおり附加するほか原判決理由において説示するところと同一であるからこれを引用する(原判決八枚目表末行から裏六行目「明らかであり、」まで、九枚目表二行目から一二枚目裏六行目「個人の債務ではなく」まで及び一三枚目表六行目から裏二行目まで)。

(一)  ≪証拠省略≫中には原判決添付別表記載の債務のうち番号(32)および(33)は竹内剛治の普通預金通帳から抽出した架空の金額を記載したものであって、税務署に対する対策上、木村シマの名前を使用したものであるとの部分があるが、右部分は≪証拠省略≫に対比して直ちに措信することができない。

(二)  第一審原告ら主張の本件準消費貸借を構成する個々の債権である原判決添付別表(22)、(32)、(33)を除くその余がすべて竹内剛太郎がマルケイ本舗運営のための事業資金ないし運営に関連して出捐した金員であるとすると、それが必らずしも恒常的になされておらず、かなりのバラつきのあることは明らかであるが、≪証拠省略≫によればマルケイ本舗の通常の経費はその販売した薬品の売掛金の回収によってまかなわれており、その不時の入用等の場合に剛太郎の出捐を得たものであることがうかがわれるから、その間バラつきのあることは当然で、怪しむにたりない。またその金額がラウンドナンバーであるか端数のあるものであるかはもとより右出捐の趣旨を左右するものではない。≪証拠省略≫中には剛太郎が金を出す立場から種々第一審被告に苦情をいい、やかましい注意を与えている様子が見えるが、これによってもまだ剛太郎の出損にかかる前記金員がすべて第一審被告個人への貸金であることを認めなければならないものではなく、むしろその全体の調子はそれらが営業上に費消されるものであり、それについて商人としての心掛をいっているにあることが看取され、第一審被告が一従業員の立場に落ちたとはいえマルケイ本舗にあってその業務に携わっていることを考えれば、剛太郎の出捐がマルケイ本舗の営業のためにするものであることと矛盾するものではない。当審における証人竹内剛治の証言により成立を認めるべき甲第三号証の一ないし一九中には前記各出捐について「恵也貸」なる記載が散見するけれども、右証言によれば右は昭和三八年ごろにいたって剛治が父剛太郎の要求で未記入の昭和二八年の日記手帳を交付したのに、剛太郎において日付をさかのぼって記載したものであることが明らかであり、これをもって直ちに第一審原告ら主張の第一審被告個人への貸与の事実を証する資料とすることはできない。なお右証人竹内剛治の証言中には前記マルケイ本舗への出捐とされる項目中にも架空ないし水増しのものがあるとする部分があるが、後記認定の甲第一号証差入当時の事情及び右金額の出捐自体は当事者間に争いない事実に徴し直ちに採用しがたい。≪証拠省略≫によっても右認定を左右するに足りない(原判決添付別表(13)(17)等はその出損自体も第一審被告の認めるところである)。

≪証拠判断省略≫

二、右認定事実によって考えれば昭和三二年一一月一日第一審被告が甲第一号証を剛太郎に差入れて金員の支払を約したのは前記別表(22)(32)(33)に関する限りは、自己の右債務を目的として準消費貸借を成立せしめたものと解するのを相当とする。

三、第一審原告らは、右以外の剛太郎の出捐がマルケイ本舗への貸金であっても、第一審被告は右甲第一号証借用証書の差入によって右マルケイ本舗の債務につき重畳的債務引受ないし連帯保証をしたものである旨主張する。その趣旨は、甲第一号証による準消費貸借の目的には右引受ないし保証債務を含むものと主張するにあると解する。よって按ずるに≪証拠省略≫、前認定の事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば次のように認めることができる。すなわち第一審被告は継母タキとの不和から父から承継したマルケイ製薬を追われたが、これに対抗するためマルケイ本舗を設立し、ついで妻の父である剛太郎の援助を受けて経営に苦心し、その後はその出資持分全部を剛太郎側に譲渡し、その経営の実権は剛太郎に移ったが、爾後も一従業員として会社の仕事に従事するとともに、継母タキとの抗争、それから派生する各般の係争等に当っていた。しかし、マルケイ本舗の事業もうまく行かず、剛太郎は三男である第一審原告竹内董一とともにマルケイ本舗から手を引き別会社を設立するにいたった。昭和三二年一〇月三一日剛太郎は従前第一審被告及びマルケイ本舗のため出捐した金員を整理して第一審被告にこれを認めさせ、その支払を約させるため、原判決添付別表(1)ないし(34)にわたる各項目を記載した明細表二通と借用証書の案文を自ら作成して上京し、当時第一審被告夫婦が同居していた三男第一審原告竹内董一の東京都台東区坂本一丁目の住居に一泊し、右明細書と借用証書の案を第一審被告に示して、右証書の案のとおりの借用証書を作成して差入れることを求めた。第一審被告は右明細書の一通を受け取り、一晩自分の資料と対照して検討し、納得の上、翌一一月一日の朝、第一審原告董一が製図の仕事をしていた傍らで借用証書案のとおり(但し金額は案には六〇〇万円とあるのを六一八万七〇〇〇円として)自ら甲第一号証の借用証書を作成して剛太郎に交付し、これにより自ら右金額の債務を負うことを承認し、書面記載のとおりに支払うことを約した。当時第一審被告は継母タキから取戻した台東区下根岸の土地建物について第三者と係争中で、現状不変更の仮処分等があったので、これが解決すればこれを担保に供するか売却する等で支払ができる見とおしであったので、右債務の支払の時期はその時とすることとした。剛太郎は右借用証書を受取り、同日大阪に帰った。以上のとおり認めることができ、右事実によって考えれば第一審被告としては自己個人に借受けたものはもとより、マルケイ本舗のために出捐されたものでも、もともとマルケイ本舗の仕事が実質上父から承継した事業の回復という意味をもち、継母との対抗手段でもあることから、窮極的には自分が責任を持ち、その解決を果たす意思で、その支払を約したものというべきで、結局マルケイ本舗の債務に属するものについては会社のほか自分も同様にその支払の責に任ずるもの、すなわち重畳的債務引受を約し、この債務をも目的として準消費貸借を締結したものと推認するのを相当とする。右認定に反する≪証拠省略≫は採用しない。当時第一審被告に対し強迫があったものとする第一審被告の主張の採用しがたいことは前記のとおりであり、また右債務負担の意思表示が第一審被告の真意でなかったことを認めるべき証拠はなく、その他に右認定をくつがえすべき的確な証拠はない。

四、ところで前記甲第一号証の金額には誤算があることは第一審原告らの自認するところで、当時真実存した債務は元本合計三六五万一、〇三〇円、利息制限法所定(但し旧法時は旧法の)制限内の利息合計一一八万八、二六八円(第一審原告ら主張の利息金一二六万二、〇六八円は誤算、但し別表(25)ないし(30)の利率は第一審原告ら主張のとおりとする)元利合計四八三万九、三九八円となることは算数上明らかであるから、右準消費貸借は右の金額について有効に成立したものというべきである。しかして右債務の弁済期とされる第一審被告と訴外東京協同タクシー株式会社の間の東京地方裁判所昭和三二年(ワ)第五、九三四号家屋収去土地明渡請求事件の第一審の終了は≪証拠省略≫によれば昭和三四年九月二六日第一審判決の言渡によって到来したことが明らかであり、そのことは事の性質上第一審被告の知ったものというべきであるから、第一審被告はこのころ右金四八三万九、三九八円並びにこれに対する昭和三二年一一月一日から昭和三四年九月二六日まで利息制限法所定の制限内である年一割五分の利息金及び同年九月二七日から支払ずみまで同一割合の遅延損害金を支払う義務あるにいたったものというべきである。これに対し第一審原告らは当審においては原審で主張した法定重利は主張せず、かつ準消費貸借の目的債権の残額とこれに対する昭和三七年一一月一日から支払ずみまでの遅延損害金のみを請求するものである。

五、その後竹内剛太郎は昭和四四年一一月二四日死亡し、遺言によりその遺産の各四分の一を第一審原告ら三名及び竹内民一に遺贈し、四年間遺産分割を禁止し、かつ遺言執行者の選任を第一審原告竹内董一に委任し、第一審原告董一は弁護士笹原桂輔を遺言執行者に選任したことは当事者間に争いなく、爾後すでに四年を経過して遺産分割禁止の制限はなくなったものであるから、剛太郎の有した本件金銭債権は包括受遺者としての右四名に四分の一ずつ分属するにいたったものというべきところ、竹内民一は同人の取得に帰した分の訴を取下げ、第一審被告はこれに同意したことは当裁判所に顕著である(取下書の提出は遺産分割禁止の制約中であるが、その後右制約の解けた今日においては、取下は有効となったものと解すべきである)。なお剛太郎の二男である竹内剛治、二女である遠藤フミエ(第一審被告の妻)は遺留分を有するものと解されるが、剛太郎の遺産の全体その他の事項を知ることができず、かつその減殺請求が是認されたか否か不明の本件ではこれを不問とする。

六、しからば第一審被告は第一審原告ら三名に対し各金一二〇万九、八四四円(四八三万九、三九八円の四分の一)及びこれに対する昭和三七年一一月一日から支払ずみまで利息制限法所定制限内である年一割五分の遅延損害金を支払うべき義務あるも、その余の義務のないこと明らかである。

七、よって、第一審原告らの本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべく、これと異なる原判決を右の趣旨に従って変更することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 浅沼武 判事 加藤宏 判事園部逸夫は転任につき署名押印することができない。裁判長判事 浅沼武)

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